2014年11月27日
“コーヒー一杯の代価で買える”
物理学者で随筆家の寺田寅彦氏が、昭和9年10月東京朝日新聞に掲載された、随筆「地図を眺めて」の冒頭で、『「当世物は尽くし」で「安いもの」を列挙するとしたら、その筆頭にあげられるべきものの一つは陸地測量部の地図、中でも五万分一地形図などであろう。一枚の代価十三銭であるが、その一枚からわれわれが学べば学び得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なものである。・・・それだけの手数のかかったものがわずかにコーヒー一杯の代価で買えるのである。・・・』と書いています。今のようにインターネットなどで地図が簡単に手に入る時代でなかったことから、陸地測量部の地図は貴重なものであったと思われます。
当時ハガキが1銭五厘で、今が52円ですので、当時の地形図の代価13銭は、13銭×52円÷1.5銭=0.13×52×100÷1.5≒451円となります。現在の2.5万分の1地形図の値段339円(多色刷り)、278円(3色刷り)よりは高くなっていまが、現在の喫茶店のコーヒー一杯の値段に相当しています。
最近の国土地理院発行の地形図等の販売枚数は年間100万枚を切っていますが、昭和40年代は500万枚を超えていました。この随筆の書かれた昭和9年頃はどれほど売れていたのかについて、「地図で読み解く日本の戦争」(竹内正浩著 ちくま書房)によると、大正10年は200万枚、昭和10年以降は500万枚を超えていたとありました。なお昭和12年以降は統計が途絶え不明となっているとのことでした。それにしても多かったと思います。
なお寺田寅彦氏は、“天災は忘れた頃にやってくる” という言葉でも有名で、生涯300近い随筆を書かれています。その中に「子規自筆の根岸地図」との題で、正岡子規が晩年寺田寅彦に、子規の自宅から洋画家の中村不折の家に行く道筋を描いてくれた地図について書かれているものがありました。また小説家の夏目漱石とも親交があり、10月1日より朝日新聞に再連載中の「三四郎」に登場する物理学者の野々宮宗八のモデルともいわれています。(M)