2014年04月09日

海図第1号は釜石港

4月5日、岩手県の盛駅から釜石駅までの三陸鉄道南リアス線36.6kmが、震災後初めて全線で再開通しました。釜石は、海上保安庁海洋情報部のホームページによると、明治5年海図第1号すなわち測量から製図まで、日本人のみによって初めて海図「釜石港」が作られたところです。船が頻繁に入港している東京や神戸でなくなぜ釜石港なのかは、当時開港していた東京と函館を結ぶ航路の中間補給地点として重要な港であったこと、また当時高炉による銑鉄の生産に成功しており、官営製鉄所建設の直前であったことがあげられています。なお明治5年には北海道東部の水深の浅い「野付湾」、釜石港と同じような岩手県「宮古港」、北海道積丹半島の南の「壽都(すっつ)港」、北海道西部の「小樽港」の全部で5図が刊行されています。また平成6年には、海図第1号の記念碑として「陸中国釜石港之図」(下記写真参照)が、釜石港を一望する石応禅寺の広場に設置されました。

海図第一号記念碑海図第一号釜石
   画像:海上保安庁海洋情報部のホームページから

  その他、国土交通省東北地方整備局三陸国道事務所釜石維持出張所のホームページの“道の豆知識”では、伊能忠敬の三陸測量の軌跡として、ヽ石市の天文暦学者の葛西晶丕(まさひろ)が1801年に三陸海岸の測量を行った伊能忠敬を顕彰して建立した測量の碑・星座石、伊能忠敬の測量200周年を記念して2001年に建立された伊能忠敬海上測量之碑等について、写真入りで3ページにわたって紹介されています。国土交通省のホームページでこれだけ伊能忠敬について紹介しているのはこの釜石維持出張所だけだと思われます。

伊能忠敬海上引き縄測量之碑
伊能忠敬海上測量之碑 
国土交通省三陸国道事務所釜石維持出張所のホームページから 



jmcblog at 08:30 
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