2012年07月12日

ドイツ「カールバンベルヒ社製」測量器(3)

  田坂虎之助が留学していたころ、普墺戦争(1866)でオーストリア帝国を破り、普仏戦争(1870〜1871)ではナポレオン契ぁ船僖蝓Ε灰鵐潺紂璽未離侫薀鵐垢鯒砲辰織廛蹈ぅ札鷁国は、スイス、オーストリアを除くドイツ語圏を統一してドイツ帝国(1871〜1918)を成立させました。王国の首都だったベルリンは帝都となり、人と財が集中し「バブル時代」を迎えていました。中央集権国家の建設を急いでいた日本は、測量地図技術を含め、そのお手本を当時の戦勝国ドイツに乗り換えたわけです
 (2)からの続きです。

 「バンベルヒ」か「バンベルク」か。現在の標準ドイツ語では、 Bamberg の語尾 -g は「ク」と発音すると教えられます。例えばドイツ南部バイエルン州の Bamberg という街は、地図の注記やガイドブックでは「バンベルク」と記されています。

 低地ドイツ語(Niederdeutsch)というドイツ語の「方言」があって、ドイツ北部からオランダ東部にかけて広く話されています。分布域内にあるラジオブレーメンのインターネット放送で低地ドイツ語で話されるニュース番組を聴くと、語尾 -g は 「ヒ」と発音しているようにも聞こえます。一方、カールバンベルヒ社のあったベルリンで話されるのは、ザクセン州などで話される東中部ドイツ語(Ostmitteldeutsch)に属する「方言」で、その分布は低地ドイツ語域に半島のように張り出しています。ザクセン州の商都 Leipzig は、日本では「ライプツィヒ」「ライプチヒ」などと表記されています。

Deutschland
 地図:ドイツ全図.
 Webサイト「白地図専門店」提供の図から作成しました.


 この話を伺ったのは、2007-2008年にオランダITC(The Faculty of Geo-Information Science and Earth Observation)に留学され、現代の測量・地図について学んで来られたNyさんからです。オランダ語にも堪能なNyさんによると、低地ドイツ語の綴りや発音は、標準ドイツ語よりオランダ語や英語にも近いという印象を持たれたそうです。語尾 -g は英語では「グ」ですが、オランダ語では「ヒ」に近いものがあり(「ヒ」そのものではないのですが)「ク」とは決して読まなかったとのこと。

 1870年代の帝都ベルリンは、ドイツ国内だけでなくヨーロッパ中から人や物や文化が集まる「世界都市」となっており、東中部ドイツ語や低地ドイツ語だけでなく、いろいろな言葉を話す人々がいたはずです。明治時代にドイツに学んだ先達は、現地で話されている多様な言葉を聴き、その発音を書き取ったうえで、「バンベルヒ」(あるいは「バムベルヒ」)という表記を選択したものと思われます。
 医学でもそうですが、明治時代にドイツから導入された科学・技術の用語は、事実上の日本語として定着しました。それらの表記が、海を越え、時を越えて当時のドイツで話されていた言葉の音声を伝えているのだとすれば、なんと素晴らしいことではないでしょうか。そう思ってあらためて「カールバンベルヒ」と発音してみれば、当時の最先端だったドイツ文化の空気さえ感じられます。

<参考文献>
西田文雄(2010):カールバンベルヒかカールバンベルクか?.国土地理院広報第508号.
山田 明 (2007):『剱岳に三角点を!』.桂書房.

(おわり)___script by jmchako.

  陸地測量部の柴崎芳太郎測量官が三角測量のため剱岳に登頂したのは、1907(明治40)年7月28日です(撰点は生田信測夫が登頂した7月13日)。当時の登山装備では標石を山頂まで運べなかったため、剱岳の位置と高さは、周辺の山々に置かれた三角点から測量されたものの、三角点標石を埋設することができませんでした。YmamadaTSURUGI
 2004(平成16)年8月、国土地理院は剱岳山頂に三等三角点を埋設し、現代の技術であるGPS測量などによって山頂標高2999mを得ました。この数値は、約百年前に柴崎測量官らがカールバンベルヒ三等経緯儀を使って得た標高値とほとんど同じでした。

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