2012年01月06日
見にウォーク3 / 新潟『砂丘と人魚と常夜灯−上越市大潟区−』

砂浜の美しい人魚像。ここは、新潟県上越市大潟区の日本海に面した九戸浜海岸です。人魚像といえば、アンデルセン童話『人魚姫』をモデルにしたコペンハーゲン(デンマーク)のそれが有名です。あちらは人間の王子様との悲恋のお話しですが、こちらにも人魚にまつわる悲恋伝説があります。
・・・海岸に沿った松林に覆われた大きな砂丘上に、沖行く船のための常夜灯を備えた古い神社があった。いつも献灯している若者が、常夜灯めざして佐渡から毎夜海を渡ってくる女と知り合い逢い引きを重ねるが、一晩献灯を休んでしまった翌朝、海岸に女の屍があがる。女の下半身は魚だった・・・。
人間界に憧れる女(人魚)とそれに気づかず見捨てる男 (人間)。アンデルセン童話と話の流れは似ていますが、オチは怪異譚によくあるパターンです。「女は人魚だった」という代わりに、若者が女を追って入水するバージョンもあり、柏崎や佐渡にも伝わっていますから、越後と佐渡との交流史のなかのエピソードに、海難事故や人魚にまつわる別の言い伝えが重なったのだと思います。

人魚像から北へ数百メートルの雁子浜に人魚伝説の碑があります。元の人魚塚は近くの別の場所に現存しているようなのですが、こちらは1993(平成5)年に小さな公園として整備されました。維持管理はされているようですが、冬は日本海からの寒風が吹きつける環境で、ちょっと荒涼とした雰囲気です。
上越市出身の作家、小川未明(1882-1961)が1921(大正10)年に発表した『赤いろうそくと人魚』という童話をご存じでしょうか。小学校または中学校の国語の教科書で読んだひともいるかもしれません。雁子浜の人魚伝説をモチーフとして、さらに美しく、しかし怖い結末の物語に昇華されています。
人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。北方の海の色は、青うございました。
・・・人間界に憧れた人魚が、海岸の丘にある神社に子を産み落とす。人魚の子は、神社の麓でロウソクを売る夫婦に育てられ、美しい娘に成長する。娘は恩に報いようと、白いロウソクに赤い絵具で絵を描く。神社に灯された絵入りロウソクは幸運を招き航海の安全を守ると評判になり、ロウソク屋も神社もそのふもとの町も賑わう。
しかし評判を聞きつけた香具師(やし)にそそのかされ、老夫婦は娘を売り渡してしまう。香具師に連れ出されるとき、人魚の娘は真紅に染めたロウソクを残していく。 その晩、髪の濡れた女が赤いロウソクを買い求め神社に灯すと、海が荒れ多くの船が難破する。以後、神社に灯される赤いロウソクは不吉を招くようになり・・・
幾年もたたずして、そのふもとの町はほろびて、滅くなってしまいました。
ほのぼのと展開しかけた物語が、老夫婦の心変わりとロウソクが赤く染められることによって暗転し、冒頭の青く冷たい海に引き戻されます。突き放したような最後の一文には、大人になって再読したときゾッとさせられました。
ここ大潟区付近は頸城平野(高田平野)の一画で、砂丘を載せた海岸砂州に閉塞された後背地が潟湖やデルタ(三角州)となり、内陸の山地・丘陵地から流れ込む河川の沖積作用で低地が形成されています。日本海側の平野によくみられる地形の組合せです。多くの平野で潟湖は埋立てや干拓で縮小・消滅していますが、ここでは平野面積の割には広い水域が残っています。一帯は頸城油田で、1956年に帝国石油(株)が試掘を行っていたところ温泉が湧出し、1958(昭和33)年に「鵜の浜温泉」と名付けられました。海岸砂丘に沿って、数件の温泉旅館と第三セクターの公衆温泉施設や海水浴場があります。比高30m以上、幅2km以上におよぶ砂丘の背後に、松林に囲まれて7つの潟湖があり、冬には白鳥が飛来します。内陸側の低地には、広大な水田がひろがり、米どころとなっています。
夕日が沈む日本海、あるいはシベリアからの寒気とともに吹き寄せる雪雲の下の日本海を眺めながら、やや塩辛い温泉で温まり、地元の海の幸をサカナに米どころの地酒を・・、などと書いていると、それだけで旅心をそそられます。
国土庁(1973)『土地分類図(新潟県)』((財)日本地図センター発行)から
「地形分類図」に加筆。
海岸砂丘の上を、国道8号、JR東日本信越本線、北陸自動車道がほぼ並行に走り、信越本線犀潟駅から分岐する北越急行ほくほく線が頸城平野北部を横断しています。鵜の浜温泉へは、信越本線の潟町駅下車、北陸自動車道では柿崎ICから国道8号を南西へ約5kmのところです。北越急行線に乗ると、米山(993m)を北に見ながら160km/hで駆け抜け、頸城平野の地形の成りたちと、内陸に向かって積雪が急に増す様子とが、短時間で一覧できます。
鵜の浜温泉は、いわば海浜型リゾートで、上越市郊外として集落も発達していますが、あまり大規模ではなく、海岸砂丘と松林を中心とする景観が保たれています。
山の上には松が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いてくる風が、松のこずえに当たって、昼も、夜も、ゴーゴーと鳴っています。
人魚塚近くの砂丘の上、松林内にある諏訪神社は小説の描写そのままでした。 風と海の音だけが聞こえる境内に、献じられた灯籠が並んでいました。
小川未明(1951)『小川未明童話集』新潮文庫,257p.に収録された「赤いろうそくと人魚」からの引用です。
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