2013年04月

2013年04月25日

cover487 地図中心487号(2013年5月号)の特集は「自転車に乗って」です。自転車と旅と地図、自転車利用と街づくりと地図など、自転車愛好家や都市工学の研究者に寄稿いただきました。

 昨年(2012年)11月、国土交通省・警察庁により「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」が策定されました。
 近年、都市部を中心に自転車利用が増えていますが、同時に、交通事故全体における自転車関連事故の割合も増えています。これまで日本では、先進国はとして例外的に、自転車交通の位置付けが十分になされていませんでした。自転車は、歩道通行が認められ〜というより実質的に歩道に押し込められてきました。「自転車は車両」であることの認識・自覚が薄れ、周囲の状況を省みない無謀な運転が目立ちます。歩道は歩行者と自転車の混在を余儀なくされ、自動車優遇施策のしわ寄せが集約されているようににみえます。

 ガイドラインは、「安全で快適な自転車利用環境の創出に向けた検討委員会」からの提言を受け、警察庁と連携し、国土技術政策総合研究所の調査・研究の成果等も踏まえ策定されもので、次の4項目が掲げられています。

 機ゼ転車通行空間の計画
 供ゼ転車通行空間の設計
 掘ネ用ルールの徹底
 検ゼ転車利用の総合的な取り組み

気任蓮自転車は車道通行を基本とすることが示されます。兇任蓮⊆転車道や自転車通行帯の設計など。靴任魯襦璽觴知や遵守インセンティブの方策など。犬任蓮▲譽鵐織汽ぅルの活用や自転車マップ(!)の作成などについて言及されています。ガイドラインを受けて、全国いくつかの都市で自転車が自他共に安全に走行できる空間の確保や、地図や標識による情報提供が試行的に始まっています。

 ルールを守り適切な走行をすれば、風土を肌で感じながら、遅すぎず速すぎず移動できる自転車の利点を十分に享受できます。本格的なツーリングで、山岳地をキャンプしながら駆け抜ける愛好者の方々の体力・脚力には圧倒されます。
 自転車に限らず、地図などの資料を読み込んでの計画は、旅の本番以上に楽しいものです。自力で辿った行程をGNSSで取得し地図上にトレースを重ねたときの達成感は格別なものでしょう。現地で地図と見比べ行くべき道を選ぶとき、熟達者は、より困難そうな(面白そうな)道を選ぶそうです。これが当たったときの満足感はもちろんですが、外れたとしても、それはまた新たな発見であり、さらなる楽しい道行きの始まりです。


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jmcblog at 09:30 
地図中心 

2013年04月19日

 本日4月19日は「地図の日(最初の一歩の日)」です。1800(寛政12)年閏4月19日、伊能忠敬は蝦夷地の測量に出発しました。

 伊能忠敬(1745-1818)は(読者の方がよくご存じとは思いますが)、50歳で隠居した翌年の1795(寛政7)年から、幕府天文方の高橋至時に師事して測量・天文観測などを学んだうえで、1800(寛政12)年から1816(文化13)年まで、足かけ17年をかけて全国を測量し、はじめて日本国土の正確な姿を描いた大日本沿海輿地全図(伊能図)が、歿後の1821(文政4)年に完成しました。inotaizu
 2001(平成13)年、アメリカ合衆国ワシントンDCの議会図書館に伊能図模写本があることが判りました。伊能大図と呼ばれる比較的大縮尺で精繊な表現の地図です。(一財)日本地図センターアメリカにあった伊能大図とフランスの伊能中図(2400円)は米国議会図書館所蔵伊能大図の大半を鮮明なカラー印刷で掲載しています。

 下総国香取郡佐原村(現・千葉県香取市佐原)の伊能家の婿養子となった三郎右衛門(後の忠敬)は、50才で家督を長男に譲り隠居するまで家業の醸造や水運に従事し、また幕府と交渉し、水運の拠点としての佐原河岸*の公認を勝ち取るなど、村の有力者としても活躍しました。幕府との交渉の過程で地図の重要性を認識したともいわれています。

 香取市佐原には、伊能忠敬旧宅伊能忠敬記念館があります。伊能三郎右衛門が佐原河岸の繁栄に尽力した状況等については、千葉経済大学名誉教授の川名登さんが研究成果をとりまとめ、1982年に平凡社から『河岸に生きる人びと』として刊行されました。この研究成果は、千葉県立関宿城博物館の常設展示にも活用されています。

* 河岸(かし): 河川の岸にある川の港。船着場のある場所を指すだけでなく、河岸問屋などの流通機構や、その機能を持つ集落を含めての呼び名(川名登, 1982 から)。


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歩測・伊能さん



2013年04月12日

 本日4月12日は、世界宇宙飛行の日です。
 1961年のこの日、ユーリ・ガガーリン(Юрий Гагарин)宇宙飛行士は、世界初の有人宇宙機ボストーク1(Восток-1)に搭乗し、人類史上初めて地球の大気圏外への冒険に挑みました。ボストーク1は、ソ連(当時、現在はカザフスタン領内)のバイコヌール宇宙基地(Байконур)から発射され、遠地点327km・近地点169kmの地球周回軌道を1周。大気圏再突入後、降下中の帰還カプセルから座席ごと射出され、ソ連領内の牧草地にパラシュートで無事に帰還しました。

Baikonur Cosmodrome
 電子国土Webの地球地図画像に加筆

 ボストーク1を打ち上げたロケットもボストークと名付けられていて紛らわしいのですが、このボストーク・ロケットは、ソ連が1950年代に開発した世界初の大陸間弾道ミサイルР−7(R-7)を基に改良したものです。同系のロケットは、1958年に世界初の人工衛星スプートニクにも使われましたが、その後改良が重ねられソユース(Союз)・ロケットと命名され、現在では最も信頼性・経済性の高いロケットのひとつとして、国際宇宙ステーションの搭乗員を運ぶソユース宇宙機や、ロシアの衛星測位システム(GNSS)グロナス(ГЛОНАСС)用の測位衛星の打ち上げなどに活躍しています。〈 → JAXAによるソユース・ロケットの解説

 ガガーリン宇宙飛行士が帰還後のインタビューに答えて、飛行中の眺めを描写した言葉「地球は青かった」はあまりにも有名です。必ずしも正確な訳ではないということですが、地球の美しさと環境を象徴する言葉としてくり返し引用されました。
 日本の国土地理院が中心となって進めている地球地図Global Mapping)は、ガガーリン宇宙飛行士が見た青い地球の現状を、共通仕様の地図情報で記述する国際プロジェクトです。


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jmctsuza at 10:00 
コラム 

2013年04月09日

 国土地理院が全国約1200点以上設置している電子基準点は、我が国の国土の位置を決定する測量の基準点として広く利用されています。 外観は高さ5mのステンレス製の太い柱で、概ね20〜30km間隔で学校や公共施設の敷地に設置されており、目撃された方も多いでしょう。

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 電子基準点のいろいろ. 
国土地理院のWebサイトから引用.

 最上部の白い半球状のドームの中に測位衛星からの信号電波を受信するアンテナがあり、胴体内部に受信器と通信機器があります。基礎部には電子基準点付属標と呼ばれる金属標が埋設されており、三角点と同様な利用ができます。さらに、この付属標に近傍の水準点から直接水準測量を行って二等水準点相当の高精度な標高値を与え、水準点としても利用出来るものもあります。

 この4月1日、国土地理院から「全国の電子基準点で観測した(引用者補完:GPSに加えて)準天頂衛星(日本)及びグロナス(ロシア)のデータ提供を開始します。昨年7月から東北地方などで先行提供を開始しましたが(全国の15%をカバー)、平成25年4月1日に東日本のデータ提供を開始し(同40%)、5月10日を目途に全国のデータ提供を行う予定です。」という発表がありました
〈 → 国土地理院の発表資料

 GPSはGlobal Positioning Systemの略で、上空約2万km の軌道を周回する測位衛星の電波信号を利用する測位システムのひとつであることは、よく知られています。アメリカ合衆国の国防省が運用し、測位信号は全世界に無償で公開されています。民生向きに使える衛星測位システムが長らくGPSだけだったので、これが一般名詞のように使われてきましたが、近年はGNSSという用語が使われるようになってきました。

 GNSSはGlobal Navigation Satellite Systemの略で、いろいろな衛星測位システムの総称です。今世紀に入ってから、ロシアのГЛОНАСС(GLONASS)の再構築が進み、日本の準天頂衛星(QZSS)やEUのGalileoなど各国の衛星測位システムの構築も始まり、測量機器も各システムに汎用できるものが主流になってきました。

 衛星測位では、観測点から最低限4個の測位衛星の電波を同時に受信できる(=衛星が同時に見える)ことが必要です。衛星の軌道配列はそれを配慮していますが、実際は樹木や建物で遮蔽されることもあります。多くの衛星が共通に利用出来れば、同時に見える衛星も増え、測位精度の全般的な改善につながります。国毎に独自に使うよりも、技術情報を開示して共用する方がお互いに得をするという、国際協力の好循環のようなお話しです。

 電子基準点と標石のみの三角点との大きな違いは、観測装置が基準点に組み込まれていることで、自身の位置を常時連続的に観測していることです。このことは、地殻変動が活発な日本列島にあってきわめて有用です。同様の連続観測施設は、外国にもありますが、日本列島ほど高密度に展開されている例は殆どありません。
 電子基準点網の整備は、測量の基準としてだけではなく、地殻変動の連続的な監視が大きな目的でした。これによって火山噴火の推移の予測精度が高まり、北海道の有珠山では2000年噴火直前の住民避難に貢献しました。また、測量の基準としても、地殻変動の影響を補正する情報の提供が可能になっています。
〈 → 国土地理院「平成25年3月の地殻変動について」〉
〈 → 国土地理院セミ・ダイナミック補正


000027552 電子基準点の地図記号は、三角点の記号と電波塔の記号とを組み合わせた図柄でその機能を表しています。なお、地形図や地勢図で場所を確かめて見学するときは、敷地の管理者の許可を得てください。国土地理院地図と測量の科学館の傍にある「つくば3は最も気軽に見学できる現役の電子基準点です。


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2013年04月05日

 今日4月5日は小笠原返還記念日です。 第二次大戦後アメリカ合衆国の施政下に置かれていた小笠原諸島を日本に返還する協定が、1968(昭和43)年のこの日締結されました。この協定は同年6月26日に発効し、正式に日本国の領土に復帰しています。

Ogasawara 小笠原諸島は、本州の関東地方から南南東約1,000kmの太平洋上にある30余の島々から成っています。行政上は全域が東京都小笠原村です。地球科学的には、殆どの島々が伊豆・小笠原・マリアナ島弧(伊豆・小笠原弧)の一部をなしていますが、南鳥島は太平洋プレート上に、沖ノ鳥島はフィリピン海プレートのほぼ真ん中にあります。

 北緯27度の聟島列島から同20度の沖ノ鳥島まで、東経136度の沖ノ鳥島から同153度の南鳥島まで、太平洋上の温帯から熱帯に移行する亜熱帯の海洋性気候下にあります。他の陸地から1000km以上離れ、これまで大陸等と陸続きだったことがないことから、独自の生物相がみられ、2011年には日本で4番目の世界自然遺産に登録されています。

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 小笠原村の玄関、父島の二見港付近

 ここで、地図地理検定かこもんを・・。

問.小笠原諸島は、英語版の地図で"Bonin Islands"と記されている。この"Bonin"の語源は何か、下の 銑い里Δ舛ら1つ選べ。
 
  ‥腓鯆敢困靴織▲瓮螢人探検家の名     
 ◆‥腓鯆敢困靴織櫂襯肇ル人探検家の名
  島の状況を表したポルトガル語       
   島の状況を表した日本語


[解答・解説]
正解は
 小笠原諸島は1593(文禄2)年、小笠原貞頼により発見されたと伝えられています。江戸時代後期(文政期)まで定住者がなく、無人島(ぶにんしま)と呼ばれていました。これがBonin の名の由来です。父島や母島を構成する安山岩が、ボニナイト(boninite)と名付けられています。
(第16回地図地理検定で出題)

[お知らせ]
 地図地理検定(一般)の「かこもん」の一部を公開・提供するサイトを設けました。ご利用ください。

 → 地図地理検定の店

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