2012年01月
2012年01月19日
地図展が催されています。
題して「地図展 日本橋と五街道」。
会場は、東京〜というより日本の街道の起点、日本橋のすぐ傍、国道4号の地下歩道です。地下鉄三越前駅の地下通路と言ったほうが判りやすいかもしれません。このブログで前々回に紹介した「日本橋架橋100周年記念− 街道(みち)の数だけ日本がある−日本橋『日本百街道展』」と同じ会場です。
「地図展」は、地図に親しんでもらおうと、毎年全国の主要都市で開催されています。今回の主催は地図展推進協議会、NPO法人全国街道交流会議、名橋日本橋保存会です。会場に掲げられた「ごあいさつ」を以下に引用します。
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日本橋を起点にして、五街道が伸びています。五街道につながる道は全国津々浦々に通じています。日本橋は、全国各地とつながり、江戸幕府開府以来今日まで、多くの人や物が、日本橋から全国へ、全国から日本橋へ行き来してきました。江戸下町の中心地だった日本橋のまちは、今日も日本経済の中心地であり、ますますにぎやかなまちになっています。
日本橋のまちは順風満帆のときばかりでなく、火災、震災、戦災の惨禍に痛めつけられたこともありました。それでも日本橋のまちは、その都度再生してきました。架橋後100年を経た重要文化財日本橋は、幾多の試練を乗り越えて生きてきたまちの風格を象徴しているようです。
皆様には、江戸時代から今日までの日本橋のまちの姿を、地図を通して見ていただきたいと思います。地図を通して俯瞰する日本橋のまちのありのままの姿は、皆様に、本や街歩きで得るものとは違う、新たな発見や意外な面白さを感じていただけるのではないでしょうか。
どうぞごゆっくりと、「地図展 日本橋と五街道」をご覧ください。
地図展推進協議会
NPO法人全国街道交流会議
名橋日本橋保存会
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展示は昨年12月末から行っていますが、開会式は1月5日(木)に、国土地理院長、中央区 区長他約50名のご出席により執り行われました。
地図展会場では、計16本の柱の周りに各々設けられたボード4面に、地図などのパネルを掲げ、一部の床面には日本橋周辺の空中写真を貼り付けてあります。半蔵門線改札寄りから銀座線改札に向かって「地図で見る日本橋」「地図で見る五街道」「海図で見る東京の海」「江戸東京の大災害」と4テーマに区画し、それぞれ江戸から現在までの地図類を展示しています。土曜・日曜には、銀座線改札寄りの一画で、地図類や関連書籍を販売します。
会場周辺にも見どころがあります。
先ず、なんといっても重要文化財日本橋。現在の石橋は、昨年に架橋100周年を迎えています。橋の中央部には、日本国道路元票があります。
伊能忠敬は、若き日の本業でも日本橋周辺をたびたび訪れているはずですが、晩年の住居兼「地図御用所」跡が日本橋茅場町二丁目にあります。
街道の絵で有名な歌川広重の住居跡が京橋一丁目にあります。
さらに、歩きでは少し遠いですが新川二丁目に、陸地測量部が日本水準原点の標高を得るために用いた荒川河口霊岸島量水標跡があり、現在は国土交通省関東地方整備局の河川観測施設となっています。
1:10,000地形図「日本橋」の一部に加筆.
今回の地図展会場は、地下鉄銀座線と半蔵門線の乗換通路で、地図展では初めての仕切りのない公共空間での開催となり、会期も2011(平成23)年12月29日(木)から2012(平成24)年1月29日(日)までと、地図展史上最長となっています。もちろん入場無料・予約不要です。通勤やショッピングの合間に気軽に、そして、もし気に入られたら何度でもご来場ください。
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2012年01月13日
「地図展」は、地図にもっと親しんでもらおうと、毎年全国の主要都市で開催されている地図の世界の一大イベントです。主催は地図展推進協議会、(NPO)全国街道交流会議、名橋「日本橋」保存会で、会場は東京地下鉄(メトロ)三越駅前コンコース銀座線・半蔵門線連絡通路(国道4号地下歩道/東京都中央区日本橋室町)です。地図展としては初めて仕切りのない公共空間での開催となります。昨年29日から開催中の『地図展 日本橋と五街道』オープニングセレモニーが2012(平成24)年1月5日(木)に国土交通省国土地理院長、中央区 区長他約50名のご出席により執り行われました。
1月5日(木):オープニングセレモニー
【展示会場】
会場は東京地下鉄メトロ連絡通路という公共空間で開催しておりショッピング、お仕事がえりでも間に合いますのでご来場をお待ちしています。この地図展をご覧になって頂くと明日からちがった日本橋の風情が見えてくるかもしれません。
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2012年01月06日
砂浜の美しい人魚像。ここは、新潟県上越市大潟区の日本海に面した九戸浜海岸です。人魚像といえば、アンデルセン童話『人魚姫』をモデルにしたコペンハーゲン(デンマーク)のそれが有名です。あちらは人間の王子様との悲恋のお話しですが、こちらにも人魚にまつわる悲恋伝説があります。
・・・海岸に沿った松林に覆われた大きな砂丘上に、沖行く船のための常夜灯を備えた古い神社があった。いつも献灯している若者が、常夜灯めざして佐渡から毎夜海を渡ってくる女と知り合い逢い引きを重ねるが、一晩献灯を休んでしまった翌朝、海岸に女の屍があがる。女の下半身は魚だった・・・。
人間界に憧れる女(人魚)とそれに気づかず見捨てる男 (人間)。アンデルセン童話と話の流れは似ていますが、オチは怪異譚によくあるパターンです。「女は人魚だった」という代わりに、若者が女を追って入水するバージョンもあり、柏崎や佐渡にも伝わっていますから、越後と佐渡との交流史のなかのエピソードに、海難事故や人魚にまつわる別の言い伝えが重なったのだと思います。
人魚像から北へ数百メートルの雁子浜に人魚伝説の碑があります。元の人魚塚は近くの別の場所に現存しているようなのですが、こちらは1993(平成5)年に小さな公園として整備されました。維持管理はされているようですが、冬は日本海からの寒風が吹きつける環境で、ちょっと荒涼とした雰囲気です。
上越市出身の作家、小川未明(1882-1961)が1921(大正10)年に発表した『赤いろうそくと人魚』という童話をご存じでしょうか。小学校または中学校の国語の教科書で読んだひともいるかもしれません。雁子浜の人魚伝説をモチーフとして、さらに美しく、しかし怖い結末の物語に昇華されています。
人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。北方の海の色は、青うございました。
・・・人間界に憧れた人魚が、海岸の丘にある神社に子を産み落とす。人魚の子は、神社の麓でロウソクを売る夫婦に育てられ、美しい娘に成長する。娘は恩に報いようと、白いロウソクに赤い絵具で絵を描く。神社に灯された絵入りロウソクは幸運を招き航海の安全を守ると評判になり、ロウソク屋も神社もそのふもとの町も賑わう。
しかし評判を聞きつけた香具師(やし)にそそのかされ、老夫婦は娘を売り渡してしまう。香具師に連れ出されるとき、人魚の娘は真紅に染めたロウソクを残していく。 その晩、髪の濡れた女が赤いロウソクを買い求め神社に灯すと、海が荒れ多くの船が難破する。以後、神社に灯される赤いロウソクは不吉を招くようになり・・・
幾年もたたずして、そのふもとの町はほろびて、滅くなってしまいました。
ほのぼのと展開しかけた物語が、老夫婦の心変わりとロウソクが赤く染められることによって暗転し、冒頭の青く冷たい海に引き戻されます。突き放したような最後の一文には、大人になって再読したときゾッとさせられました。
ここ大潟区付近は頸城平野(高田平野)の一画で、砂丘を載せた海岸砂州に閉塞された後背地が潟湖やデルタ(三角州)となり、内陸の山地・丘陵地から流れ込む河川の沖積作用で低地が形成されています。日本海側の平野によくみられる地形の組合せです。多くの平野で潟湖は埋立てや干拓で縮小・消滅していますが、ここでは平野面積の割には広い水域が残っています。一帯は頸城油田で、1956年に帝国石油(株)が試掘を行っていたところ温泉が湧出し、1958(昭和33)年に「鵜の浜温泉」と名付けられました。海岸砂丘に沿って、数件の温泉旅館と第三セクターの公衆温泉施設や海水浴場があります。比高30m以上、幅2km以上におよぶ砂丘の背後に、松林に囲まれて7つの潟湖があり、冬には白鳥が飛来します。内陸側の低地には、広大な水田がひろがり、米どころとなっています。
夕日が沈む日本海、あるいはシベリアからの寒気とともに吹き寄せる雪雲の下の日本海を眺めながら、やや塩辛い温泉で温まり、地元の海の幸をサカナに米どころの地酒を・・、などと書いていると、それだけで旅心をそそられます。
国土庁(1973)『土地分類図(新潟県)』((財)日本地図センター発行)から
「地形分類図」に加筆。
海岸砂丘の上を、国道8号、JR東日本信越本線、北陸自動車道がほぼ並行に走り、信越本線犀潟駅から分岐する北越急行ほくほく線が頸城平野北部を横断しています。鵜の浜温泉へは、信越本線の潟町駅下車、北陸自動車道では柿崎ICから国道8号を南西へ約5kmのところです。北越急行線に乗ると、米山(993m)を北に見ながら160km/hで駆け抜け、頸城平野の地形の成りたちと、内陸に向かって積雪が急に増す様子とが、短時間で一覧できます。
鵜の浜温泉は、いわば海浜型リゾートで、上越市郊外として集落も発達していますが、あまり大規模ではなく、海岸砂丘と松林を中心とする景観が保たれています。
山の上には松が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いてくる風が、松のこずえに当たって、昼も、夜も、ゴーゴーと鳴っています。
人魚塚近くの砂丘の上、松林内にある諏訪神社は小説の描写そのままでした。 風と海の音だけが聞こえる境内に、献じられた灯籠が並んでいました。
小川未明(1951)『小川未明童話集』新潮文庫,257p.に収録された「赤いろうそくと人魚」からの引用です。
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