2011年06月

2011年06月10日

東北地方太平洋沖地震/東日本大震災 (3) 須知徳平「三陸津波」

  今回の大津波をきっかけに、吉村昭(1927−2006)が1970年に発表した『三陸海岸大津波』 が売れているといいます。近代以降、この作品が書かれた1960年代までに三陸地方を襲った明治三陸津波(1896年)、昭和三陸津波(1933年 ) 、チリ地震津波(1960)年について、岩手県下閉伊郡田野畑村などでの被災体験者への取材をもとにしたルポルタージュで、客観的な記録だけでなく、明治、昭和戦前期、昭和戦後期とそれぞれの時代のひとびとの防災意識などが語られています。
  三陸津波について書かれた作品は他にもあります。それらのなかから、今回は岩手県出身の児童文学者である須知徳平の「三陸津波」を、次回には物理学者でエッセイストでもあった寺田寅彦の「津浪と人間」をとりあげます。 
 
春来る~2「三陸津波」は、明治の津波で夫を、昭和の津波で息子を失いながらも、下閉伊郡田老村 ( 当時 )で一生を過ごし、 チリ地震津波の前年に天寿を全うした女性の物語です。吉村作品がどちらかといえば記録性が強いのに対し、こちらはフィクションなのですが、背景として興味深い実名エピソードが紹介されています。
 地震学者の今村明恒(1870−1948 )が、明治の津波について国際学会で報告したとき、壊滅的だった田老のそれよりも被害が比較的小さかった釜石の写真の方が、外国人研究者には強い印象を与えたのだそうです。波高5.4m* だった釜石では、瓦礫や陸に乗り上げた船舶などの凄惨な光景であるのに対し、波高15m* で全人口の7割以上が犠牲となった田老では人工物が全て流され、自然の砂浜と区別がつかなくなったためです。
  作者の須知徳平(1921−2009)について、ご存じない方も多いかもしれません。少し前の五千円札に描かれた新渡戸稲造の『 武士道 』が1998年に再刊されたときの、英語で書かれた原作の日本語訳者です。が、それよりも「ミルナの座敷」の作者といえば、ある年代の方々はピィーンと来るのではないでしょうか。
 1972年、NHK少年ドラマシリーズのひとつとして、須知徳平原作「ミルナの座敷」は放映されました。作者はこの前後の時期に、中・高校生向けの小説を多く手がけています。師事した折口信夫(1887−1953)の影響を受けた、民俗学的な事柄を背景に展開するミステリ仕立ての作品群を、当時の少年たちはワクワクしながら読んだものです。
  「三陸津波 」は、作者が少年時代に住んでいた宮古で昭和の津波に遭遇し(波高3.6m*)、また地方行政官として災害救助に携わった父親をとおして交流のあった、被災家族の話などから着想を得たのでしょう。 桃の節句の未明、海底を浚う引き潮からやがて砲声のような衝撃音が聞こえ、閃光に照らされて押し寄せてくる津波の迫真の描写は、実体験した作者ならではのものがあります。
 この作品は、講談社文庫から1978年に刊行された『春来る鬼』に収められています。なお表題作も1989年に小林旭の監督で映画化されました。現在は絶版のようで、古本でしか入手できないのが残念です。

* 三陸津波での各地の波高については、羽鳥徳太郎(2009)「三陸大津波による遡上高の地域偏差」.歴史地震, 第24号から引用しました。

[おことわり]今回紹介した著者や研究者は、いずれも評価が確立した方々なので、敬称は付けていません。

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