2009年10月01日

 


  健康増進にウオークが見直されるようになり、休日には家族連れで野山を歩く人、 あるいは夕食後にチョット近所の友人と誘い合わせて夜の街を歩く人など見かけます。測量界でも、江戸時代の測量家、 伊能忠敬の測量の旅をヒントに日本全国を一周するウオークのイベントに積極的に取り組みました。毎年6月に開催される測量の日には、歩測による距離当てクイズも行われています。
歩測・伊能さん 
距離を測る単位として最初に用いられたのは、おそらく人間の歩幅であったと思われます。 測量会社に入った人は、測量に足を踏み入れた際、 最初の訓練でこの 「歩測」 による距離当てクイズを経験します。最初はなかなか正確な距離は出せないものです。「目測 (もくそく) は6分の1、歩測は30分の1の程度の誤差」とのことで、一般的に100mに対する誤差は、目測で約17m、歩測では約3mと言われています。  さらに、当時は100mをキッチリ66複歩で到達する訓練がありました。1複歩が1.5mとなるよう歩幅を一定にしなければなりませんでした。  この複歩は、古く中国で二足(ふたあし)、すなわち1複歩を一歩と定めたのが起源だそうです。私達も訓練するごとに100mを 1m位の誤差で正確に測れるようになり、その後の現場の測量では非常に役に立ちました。 例えば水準測量では、標尺の中央に据えたレベルから前視標尺も後視標尺も同じ距離になるよう標尺を据える必要があり、歩測の精度が水準測量の精度に影響することになります。 ベテランになるとカーブした道路でも標尺持ちは、正確に1m以内にその位置に据えることができるのです。これも測量技術の腕(足?)の内と言えるかも知れません。距離が等しくないと何度も標尺を据え直すことになります。

  江戸時代の測量家伊能忠敬は、1800 年の蝦夷地測量の際、江戸と野辺地 の奥州街道を歩測で測量したといわれています。 因みに忠敬は、全国測量前に毎日通っていた暦局から千住宿まで歩測をしており 、「一町に一五八歩」 という記述があります。これを計算すると 「1町=10909.1cm10909.1cm÷158歩=69.04cm」  となり、伊能忠敬の一歩は69cmであったと思われます。 1複歩にすると138cmで、我々が訓練した150cmよりやや短い物差しであったようです。



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   私たちが生活する地球が球体であることは、周知のとおりですが、私たちの目にする地図は、平らな紙面に印刷したものであり、時には T VやPCの画面であったりします。丸い地球の表面を平らな紙面に表した地図には、どうしても  「歪み」  が伴います。
                                                                                          
07 地球儀  球面を平面に置き換える時に出る歪みには、距離、方位、面積、角度などがあります。 今までに考案された図法では、これらの歪みのうち、 限定された条件下で 二つ同時に解消できる場合がありますが、 三つ以上の歪みを同時に解消することはできません。

   数ある地図投影の基本型は、次の三つに分類できます。その第1は、地球を平面に投影する方位図法、第2に地球を筒状の円筒面に投影する円筒図法、第3に地球を底辺の丸い円錐面に投影する円錐図法があり、  いずれも地球を平面に延ばしたものです。(図あり)

  しかし、先ほどの 「歪み」はどうしても地図には存在します。地図の利用目的によっては、地図の性質 (図法)を知ることが大切です。この歪みに比較的無関係なのは地球儀です。地球儀は、 地球と変わらぬ 「球」 の特性をうまく生かしているからです。
       地図投影法
地図投影法1円錐図法


円筒図法





方位図法




     図をクリックすると拡大します。


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(問5
日本経緯度原点の所在地はどこでしょうか。正しいものを、次の〜い里Δ舛ら一つ選んでください。


東京都千代田区千代田(旧江戸城富士見櫓)

東京都千代田区永田町一丁目(旧陸地測量部)

東京都中央区新川二丁目(霊岸島)

東京都港区麻布台二丁目(旧東京天文台)


解答と解説はこちら


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正解は

   測量法施行令では、測量法に規定する日本経緯度原点の地点を 「東京都港区麻布台二丁目十八番一地内日本経緯度原点金属標の十字の交点」 と定めています。これは、旧東京天文台子午環の中心点に当たります。

   

経緯度原点1経緯度原点2 
http://www.gsi.go.jp/kanto/ki8cgenten.html


※上記問題は、地図力検定試験より出題してます
第12回地図力検定試験お申込みはこちらへ




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2009年09月25日

          内務省地理寮水準点(高低几号標)
           (横浜市南区八幡町1番地 中村八幡宮)  
    −横浜市地域文化財史跡
                     (平成101998)年119日指定)−
  
  明治維新以来日本が近代国家となって行く上で、 鉄道・道路・港湾・市街の建設等で測地事業は欠くことのできない事業でした。内務省は、明治7(1874)年1月内務省地理寮(後に地理局となる)を設置して以来、 「お雇い外国人」の指導の下、集中的に開港を進めた 五港 (横浜 ・ 神戸 ・ 新潟・ 函館 ・長崎)や東京 ・大阪 ・京都などの主要都市の市街図作製に力を注ぎ、明治17(1884)年以降に参謀本部陸地測量部に移管するまで測地事業を担当しました。

横浜では、明治7〜8(1874〜5)年に地図作製の骨格となる三角測量及び水準測量が行われ、明治14(1881)年に実測図が刊行されました。横浜は、近代測量による地図 (1/5,000) が完成した最初の開港地でした。

このときの水準点が、内務省地理寮水準点 (高低几号標)です。内務卿 (内務大臣) から布達状が出されており、これには「内務省で設置した水準点に 「不」 の記号(几号)を不朽物などに彫刻して標識として活用するように、また、適当なものが無い場合には、標識 (石標) を埋定し、標識に 「不」 の記号を付すこと」 としています。

「中村八幡宮」 の内務省地理寮水準点は、参道入口にある石階段の登り口の角柱に彫刻されており、 当時の地図と比較して位置が動いていないと思われます。なお、横浜において内務省地理寮水準点が全部で何ヵ所設定されたかは不明です。
 現在 「中村八幡宮」のほかに、 「伊勢山皇大神宮旧鳥居台座」(西区宮崎町)、 「妙香寺題目塔台座」  (中区妙香寺台)、「日枝神社旧稲荷社鳥居」 (南区山王町)、「庚申塔台座」(南区山谷)の4カ所で発見されていますが、何れも当初の位置にはありません。

08 中村八幡宮1(地理寮水準点)

 






「中村八幡宮」参道入り口の内務省地理水準点
(石段登り口、角柱左に彫刻)

09 中村八幡宮(角柱左彫刻)
            角柱左に彫刻

http://www.city.yokohama.jp/ne/news/arc/mpr/1998/98111002.html#hyo1

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