2009年10月30日


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地図を片手にぶらり旅、してみませんか? --


  こんにちは、(財)日本地図センター地図の店です。10月〜11月は全国各地でいろいろなイベントが行われていますね。 そんな中でも、鉄道に関係するイベントは結構多いようです。鉄道ファンがそれだけ多い証拠ですかね。
   ところで、地図の店にも鉄道ファンに楽しんでもらえる地図や図書が沢山そろえてあります。  昔懐かしい国鉄時代のものや廃線跡紀行や、蒸気機関車何々、電車車輌編成表、誰でも使える格安チケットガイド、おなじみ駅弁情報などさまざまな書籍があります。
    さて、話はかわりますが、仕事に追われるお父さんたちは、休日ともなると家族にせがまれて日帰り旅行に出かけることが多いようです。  しかし、出かけるとなると車で行くことが多くなりますが、高速道路の割引で、休みともなると大渋滞の連続です。 毎日がんばるお父さんたち、これでは疲れやストレスを取る暇もないつらい毎日ですよね。たまには自分のためにゆっくり癒しを求めた旅をしてください。特にこれからは新酒が出る季節でもあります。一人旅と洒落込んで見てはいかがですか。
05 料理  最近の日本酒や焼酎には非常に安くて美味しいものが多くなりました。 名の知れた銘柄酒より、あまり知られていないものに大変美味いものが多いですね。自分しか知らないうまい酒と肴との出合いに、 地図を片手にぶらりと出かけてみてはいかがですか。 静かでおいしい酒や肴がある居酒屋を求め、ぼんやりと地図を片手にぶらり散歩もいいものですよ。 そんな気にさせる地図や情報満載の書籍も「地図の店」にご用意しております。当店であなたなりの旅を探してみませんか・・・?

さて、12月4日(金)〜6日(日)の3日間、日本地図センターで「第4回地図ふぇす」〈鳥瞰図の世界〉を開催します。当日は、来年の地図カレンダーも配布いたします。入場無料ですので、是非ご来場ください。皆様のお越しをお待ちしております。


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(問7)
地形分類図の内容と災害の状況が見事に一致したことから、ある新聞が1面で 「地図は悪夢を知っていた」と報道しました。これは、どの災害についての報道でしょうか。該当するものを、次の 銑い里Δ舛ら一つ選んでください。


1923
年の関東大震災時の東京の建物の倒壊

1959年の伊勢湾台風による名古屋周辺の浸水

1960年のチリ地震津波による三陸沿岸の浸水

1995年の阪神 ・淡路大震災時の高速道路の倒壊

解答と解説はこちら 

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正解は

  総理府資源調査会水害地形小委員会の大矢雅彦氏が作製した濃尾平野水害地形分類図が出版されて4年後、 1959年の9月、 伊勢湾台風により名古屋周辺で大きな水害が発生しました。1959年の1011日付け中部日本新聞中日サンデー版は、 「地図は悪夢を知っていた」 という見出しで第1面に、この地図と被災状況を重ねて示し、「・・・この地図を見る人は、それがそのまま今度の被災状況にピッタリと一致することに驚かれるだろう。この地図は悲しい悪夢を知っていた。・・・」と報じました。

※上記問題は、地図力検定試験より出題してます。
第12回地図力検定試験お申込みは
こちらへ

index 詳しくは、「地図中心9月号
--特集 伊勢湾台風50年--
伊勢湾台風来襲時の気象
木曽三川に架ける橋-伊勢湾
台風前後の思い出-
海を走る電車と電車代行船
台風災害の史跡を訪ね歩く
伊勢湾台風と濃尾平野
木曽三川の治水とスーパー伊
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2009年10月29日


  年の瀬も近づき、そろそろ文房具売り場などでは、来年のカレンダーや手帳のコーナーが作られる季節になりました。 この季節になると、以前から考えていたことなのですが、自分の地図コレクションの中から、 現況図ではなくなった古い地形図を利用し、 なおかつ、 自分のお気に入りの地図の場所を使って手帳のカバーを “ 地図 ” で作ってみたいと思っていました。
  そこで、今回用意したのは20万分1から2万5千分1までの地形図です。もともと、20万分1地勢図は6色刷りで、見た目にもきれいなのである島全体をいれてカバーを作りたいと考えていました。
notebook01









  まず、地勢図の紙の大きさや、カパーの中心となる地勢図の島全体の位置などを確認した後、それにあう大きさの手帳をあれこれと探します。 1年間大事に使う手帳ですので、自分なりに妥協せず、やっとの思い出探しあてることができました。 その手帳のカバーを外したところが、下記の写真です。
notebook02
手帳を写真のように3つに分解した後、サイズを合わせて切る作業になります。
notebook03 表と裏表紙にくる図と手帳のサイズを考えながら裁断面を決めます。
この作業をしながら、地図のどの場所 にしようかなと考える時が、地図好 きにとってたまらないものです。


完成まで、あと少し?
次に、もとのカバーと地図で作ったカバーサイズが合っているかを簡単に確認します。
notebook04









後は、手帳にかぶせて確認します。
notebook05









             これで完成!!
notebook06折り返しの部
分に島を配置
してみました。







 
 今回は、島全体を見せたかったので20万分1地勢図を使いました。 手帳のサイズと使いたい地図の柄があわずに断念した地図もあり、これはなかなか奥が深いかもしれません。
 次は2万5千分1地形図で綺麗な等高線を使って作ろうなどと、いろいろと考えてみるのも、地形図の楽しみ方の一つではないでしょうか。古くなった地形図を捨てるのは、もったいないです。

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jmceki at 13:15 
その他 

2009年10月23日


開拓使三角測量勇払(ゆうふつ)基点
                         (苫小牧市字勇払132番地49
   −北海道指定文化財 史跡
                       (昭和421967)年317日指定)−

  開拓使は道路や鉄道建設、炭田や鉱山開発のため正確な北海道地図の必要性を痛感して1873 (明治 6) 年3月、米国人ジエームス・アール・ワッソンを測量長に命じ、三角測量法による地図作りを開始しました。ワッソンは当初石狩川上流域に基線を求めようとしましたが適地が得られず、 6月、 勇払と鵡川 (むかわ) 間に基線を設定、両基点に目標台と標石を建て、測量に入りました。
 翌1874(明治7)年、ワッソンを継いだ米国人モルレー・エス・デーの指揮により、 勇払基線の本格的な測量が行われることになりました。

デーと日本人助手らは、 精密に測量するため、天文測量を実施し、勇払基点の経緯度を北緯42度37分34秒、東経141度44分46秒 とするとともに、8月に米国製機械の到着後、これを使用して勇払基点から鵡川基点への測量を実施し、 勇払基線の測定値を14,860.2646m としました。 未だもう一方の鵡川基点は、発見されていません。
  この勇払基点は、 当時の最新技術を駆使した、わが国で最初の本格的な三角測量の基点であり、ここからは、多くの日本人測量技術者が育つなど、北海道史上ならびに、わが国測量史上貴重な文化財であると言えます。

勇払基点1

三角測量勇払基点










掲載写真は、 山根 清一氏所蔵

北海道教育委員会・苫小牧市教育委員会資料より
http://www.city.tomakomai.hokkaido.jp/shogaigakushu/bunkazai/sankaku/sankaku.htm



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